雑談の効用

03 June, 2009

◆ミシン修理
最近、めっきり縫い物をしなくなった。元々、洋裁が本職だったので、40代までは、下着とニット以外は服を買ったことがなくて、全て自分で縫っていた。しかし、近年は服が余りに安いので、時間をかけて縫うほうが不経済になり、服なんか縫っている間に仕事をしたほうが良いような状況になってしまった。

また、縫い物をしなくて済むようになったのは、ファッションの変化もけっこう関係があるような気がする。

昔の服は体にフィットさせる度合いがすごくシビアで、特にスカート丈なんかは1センチの差を問題にしていたので、既製服でそのままフィットすることは少なく、オーダー服の率が高かったように思う。

最近は服のサイズ展開が豊富になったせいもあるが、ファッションじたいの幅もずいぶん広くなった。スカートだって、ミニでもいいしロングでもいいし、何となく適当な丈でもいいし、幅だってピッタリフィットでもいいしルーズフィットもいいし…という感じだ。こうなると、何となくそのまま着れてしまうことが多く、サイズ直し程度さえ、あまりせずに済むようになった。
そんなわけで、家のミシンは、前は職業用ミシンが出しっぱなしだったのに、最近は小型の家庭用に買い変えて、納戸にしまいっぱなしの時間が多くなってしまった。

ところがこのところ、息子夫婦がペット用品の製作を始め、試作品などを縫うようになったので、もう少し本格的に習いたいということで、ちょくちょく家に縫い物をしに来るようになった。

何度か実習をしたのだが…ロックミシンが少々調子が悪い。
それで、近所のミシン屋さんに、修理に来てもらうことになった。実家に居た頃は洋裁店を営んでいたので、メーカーから定期的に技術者が巡回して来てメンテしてゆく。その為、あんまり自分で気にしなくても、ミシンの調子が悪いなんてことはなかったのだが、何台もミシンを持っていてあまり使わないとなると、ミシンのメンテは意外に面倒だ。

どんな時代になろうと、ミシンはアナログの代表的なマシンだ。
幾らコンピュータミシンなんて言っても、電動モーターの力でスチールのアームを動かし、糸と針を操って布を縫う、という部分は絶対に変わらない。その為、このアナログ機械の部分が不調だと、コンピュータの性能なんて役に立たない。
幾ら優秀なコンピュータ基盤が入っていても、機械部分にきちんと油が回ってスムーズに動かなかったり、針の取り付け方が微妙にずれていただけで、ミシンは全くどうにも始末に負えないシロモノになってしまう。

仕方なく近所で昔から修理販売を営んでいるミシン屋さんに来てもらったのだが、はっきり言って少し後悔した。そのへんの通信販売ならば、同じランクの新品を買えるぐらいの費用がかかった。
20年近くも前のタイプなので、最近の物価と釣り合わないのは仕方がない。まあ古いミシンにも良さがあると思い、ミシン屋さんの技術力を信用することにして直してもらった。

洋裁学校や専門店のミシンを手がけており、クラシックな名品のミシンも生き返らせることもできるミシン屋さんなので、修理費用の高額さも仕方がないのだが、説明や対応もなかなかのものだった。私は引越すたんびに、近所のミシン屋さんを見に行って吟味し、技術力の安心できそうなミシン屋さんに家に来てもらう、ということが多いので、あまりヘンなミシン屋さんに当たったことはないのだが、今回はそんな中でも古参の部類のお店だ。


◆お客様はエラい?
で、ミシンの話はどうでもいいのだが、ミシン屋さんの対応を見ていて、説明も親切で接客もうまく、非常に気分はいいのだが、何となく…、客になるってことはこういうことなんだな…と、皮肉なことを考えてしまった。

当たり前と言えば当たり前すぎる話なのだが、お金を払ってモノやサービスを買うと、だいたいの場合、お客になる。
沢山お金を払って高額商品を買えば、それだけ良い客なので、お店側も丁寧な接客をする。道場などはお金を払って頭から怒鳴りとばされることがしょっちゅうだし、掃除や雑用までするのだが、それはまた別の話。

今回は、家にあるのが、このジューキのロックミシンの他に、ベル二ナが二台という、素人は使わない曲者機種ぞろいのせいか、縫い物素人の家よりも、うちは良い客の部類に入るのだろう。
とっても対応は良かったのだが、私自身、何となく微妙な違和感が残ったのは、あまりに対応が良すぎたことだ。


◆従業員同士の雑談
比べるのはヘンかもしれないが、前、ある事務所に勤めていた時に、毎月コピー機械の点検の人が来ていた。
事業所ではごく当たり前の風景なのだが、こういう技術屋さんと話すのはかなり楽しいので、私はメンテナンスの人が来ると、必ず張り付いて、いろいろ楽しんでいた。

「どこが調子悪いですか?」
「この紙をコピーしようとしたら、どうしても詰まってしまう」
「あれ?この紙はちょっと厚すぎますね。この機械は厚さ○○キロまでですよ」
「え?!そうだったんだ。機械、大丈夫かなあ?」
「何とか…直します」
「ひょっとして…、この修理は規定外?」
「ほんとはね。でも臨時メンテでやっときます」
「あと、和紙もよくコピーするんだけど、けっこう要領が要るねえ」
「ありゃー、和紙ですかあ…道理で、ここにこんなにゴミが詰まってるんだぁ」
「えへへ…和紙はね、これなんだけど…1枚だとコピーできないのよ。二枚重ねにして一回づつ手差しにすれば何とか大丈夫。技術要るけど」
「うまいですねー。俺、出来ないや」
「私、もう機械を飼い慣らしちゃったから(笑)。でもトナーの乗りが悪いみたいね」
「あー、それでトナーがこんなに大量にトナー受けに落ちてるんだ。トナーの減りが早いと思った。新しい機種だとこれも楽にコピーできますよ」
「うーん、新しいの入れたいんだけど、社長が…」
「新しいやつのほうがレンタル料安いんですけどね」
「分かってるんだけど、新しいの入れると余計な出費が嵩むと思い込んでるらしくて、説明するのが面倒で」
「ありがち。でもこれじゃあ、トナーが飛んで黒くなっちゃうでしょう」
「うん、空気悪い」
「外とどっちが悪いかなあ」
「外もすごく埃っぽいよね、外回りしてると鼻毛が伸びない?(笑)」
「そう!マジで!人間の体って凄いなあ、と思って」
「でも、こんな古い機械使ってる事務所って他にある?」
「けっこうありますよ。レンタル期間消化した後も延々と…」
「うちと似たような内情かな」
「たぶん(笑)」

こういう会話は、オーナー相手にはまず出来ない。雇われ人同士の気楽な会話なのだが、案外、オーナーの立場に居るとなかなか分からない情報も入っていたりして、けっこう楽しいものだ。

私は元が職人のせいか、お客様扱いされるのが嫌いだ。丁寧に良いお客様として接してもらうよりも、きちんと技術的な側面まで中身を説明してもらい、本当の事を率直に言ってもらうほうが好きだ。
しかし、今回のミシン修理では、ちょっと接客が良すぎたせいで、何となく技術面を聞きそびれてしまった。

昔からミシンだけは良いものを使ってきたせいで、「このミシン、もう散々酷使したから買い換えようか」とミシン屋さんに相談しても、「このミシンは良いものだから買い換えないほうがいいですよ」と言って丁寧に直してくれることが多かったのだが、その技術的側面を聞くのはとても楽しかった。

うーん…ベル二ナと併用してるって状況は、どういう風に受け取られたのだろうか…確かにベル二ナは、半端な価格のミシンではないし…

実はミシン業界というのはなかなか面倒な世界で、同じメーカーの中でも、訪問販売用と通販用と専門店向けの機種が分かれている。訪問販売用ミシンを持っていると、縫い物素人が訪問販売の口車に乗せられて買ってしまい、どうせ縫い物なんかまともに出来ず、雑巾ぐらいしか縫わないのだろう、と判断されてしまいがちだ。
お陰で最初、「前使ったのはいつですか?どの程度ミシン使いますか」と散々訊かれてしまった。

こういう場合は、お金持ちだと思われると非常に困る。あまりお金に余裕はないけど、縫い物は好きで、ミシンは可愛がってよく使うのだ、と思ってもらうのが一番嬉しい(笑)。そのあたりに、少し微妙な感じの残ったミシン修理だった。


◆お金持ちの方々は…
お金持ちと言うと、前、芦屋の資産家夫人のところに仕事でよく出入りしていた。その家の運転手さんと雑談していたら、こぼしておられたことがあった。

「奥様は良い方なんですが、近づいて来る人が何とかしてお金を引き出そうとする人ばかりで…」

これは、すごく良く分かる。
その家は、駅でタクシーに乗って「○○さんの家に行って下さい」だけで分かる家で、○十代か続く本当の資産家だ。
相続のたびに資産は減っていくので、○十代続いているというだけでどんなに凄いか、マンション住まいの庶民には想像範囲を超える家なのだ。
しかし、近づいて来る人が皆、蜜に群がるアリンコばっかりなのでは、疲れること甚だしいだろう。

道理で、私が気に入られたのは、足元を見てふっかけない、相手が途方もないお金持ちでも、そんなこと意に介せず、態度が変わらないせいなのかもしれない(笑)
こういう方は、気楽な雑談をしたくとも、同じようなお金持ち相手でしか出来ないだろう。

ちょっとミシンの話からケタの違うところに飛んだが、オーナーの立場になると見えなくなることって意外とあると思う。下積み経験のない二代目経営者がなかなか大成しないのも、その辺にヒントが落ちているかもしれない。

もっとお金持ちだったらと嘆いている庶民の皆さん、今後、お金持ちになるとしても、気楽な雑談を楽しめるのは今のうちかもしれません。
下から目線も、学べるうちに学んでおいたほうがいいかも知れませんよ(笑)。

tao

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