善意と悪意の遺伝子

01 May, 2009

このところ、姪っ子が就職活動の為に、うちに来て泊まっていた。私には息子のほかに姪っ子が3人いるが、その子は福岡生まれの新潟育ち。

今回来ていた姪は今大学院だが、農学部ということもあって、仕事が新潟では少なく、関東の企業を中心に就職活動している。
今回はエクステリア関係の会社を受けたということで、植物の育て方とかそれを仕事につなげていく方法など、けっこう楽しく語りあった。

彼女曰く、うちの家系は凝り性ばっかりなので、家に行くといろんなものが沢山あって、居るだけで飽きないとのこと。その代わり、家の中にはいろんな道具や素材などが積み重なっており、まず普通の家とは様相が違う。

「伯母さんって、やっぱりうちのお父さんときょうだいだね。私も血統を受け継いでるのかなぁ」
なんて笑っていたが、姪にとってのもう一人の伯父、私の二人の弟のうち、下の弟のことを噂していたら、かなり意外な発見があり、やっぱり「オタク」の家系だということに決定(笑)。

その(下の)弟に関する話というのは、こうだ。
私が引越したばかりで、まだ部屋が片付いていない時、「もうこの熱帯魚も水槽も捨てたいんだけど、誰か欲しい?」と聞いたら、遊びに来ていた弟が、
「じゃ、俺が貰う」と言って、車で二時間ばかりもかかる東京の外れまでサッサと車を取りに帰った。そして、驚くばかりの早業で、その水槽(90センチハイタイプ)と魚の入ったビニール袋や砂やレイアウト一式を、すべて持ち帰ったことだ。

「あのなかなか動かない伯父さんが…よっぽど欲しかったんだね」なんて、下の弟のことを笑ってしまったのは、うちの家族はほとんど全員がB型で、動くとなると割とホイホイ動くのに対し、その弟だけはなかなか頑固で、A型らしく自分が納得しないと動かないからだ。
家族で集まっても一番寡黙で、聞いたことにしか答えないタイプ。家族のうち、新潟と関東の6人は全員がB型。下の弟(大分)だけがA型だ。母がB型で父は不明なので、母がBO型で父がAO型だったということか。

みんな気紛れでヘソ曲がりで、どこにスッ飛んで行くか分からないが、「集まれー」というと、意外とみんな素直に集まる。

この話に出た水槽は、弟が東京から大分に転勤で引っ越して、結婚して子供が出来た今も、まだ大切に使っている。今は海水魚を飼育しているそうだ。
何度か気分で水槽をとっかえた私とは、だいぶ違う(笑)。

B型人間恒例のとおり、話が脱線したが、この姪が帰る時にターミナル駅まで送り、妙な具合に時間があいたので、周辺の大きなお店を一緒にウィンドウショッピングした。

ヨドバシとかビッグとか、ちょっとマニアックな自作系のお店や中古店とか…新潟にはない東急ハンズとか。

ブラブラするのに荷物が邪魔なので、まずは駅のコインロッカーへ。

…で、いろいろ見て楽しんでいたら、ちょうどいい時間になったので駅に戻り、コインロッカーから荷物を出そうとした。
なんだかんだ言って、けっこう大きなお店を巡るのが楽しかったので、あまり時間に余裕が無くなり、姪は慌ててコインロッカーの鍵を出し、そのロッカーが一番上だったので、背伸びしつつ荷物を出す。そして切符を買おうと、急いで歩きだした。

すると…後から若い女性が追いかけてきて、
「これ、あなたのじゃないですか?」
と差し出したのは、姪の二つ折りの財布。

「あっ、あっ、あっ、ありがとうございます…」
ととりあえず二人で言ったが、急いでいることもあり、突然のことで自分達の失態に唖然としてしまったことも手伝って、なんだか呆然とした感じの、心のこもらないお礼の言い方…

姪の財布にはもちろんいろんなものが入っているし、これから慣れない東京で、電車と長距離バスを乗り換えて帰るところでもあり、イザという時には私に電話すればいいものの、財布がなかったら身動き取れなくて、かなり困ったと思う。

これは、実は私にも経験がある。
だいぶ昔なのだが、仕事で外に出ていた時、銀座松坂屋の前の電話ボックスから電話をかけた。もちろんその時代には携帯電話なんてなくて、せいぜい超高額の自動車電話ぐらいなものなので、電話ボックスは町の隅々にあり、それでも行列になることが多かった。

電話を終えた後、地下鉄に乗ろうとしたら、財布がない。
かなり焦ってバッグの中を探したが、影も形もないので、よーく考えたら、どうも…財布を電話ボックスの中に置き去りにしたらしい。

財布に相手の名詞をしまっていたので、小銭と名詞を出した後、財布をそのままボックス内のテーブルの上に置いたままで出てしまったのではないか、と思った。

その頃は持ち物のいろんな場所に小銭を入れるなど、リスク分散するという知恵もなかったので、財布がなかったらどうしたらいいのか…完全にお手上げだ。
もう…完全に焦ってしまい、大汗をかきながら電話ボックスのところに慌てて戻ったら、ボックスの前に中年女性が一人立っていた。
小走りに戻ってきた私に向かって、その女性は、
「戻って来られると思って、待ってましたよ」
と、にこやかに財布を差し出してくれた。

もう…その時はほんとに地獄に仏という感じだったし、その時に私がどうしたかは、野暮な話だしどうでもいいことなので割愛する。
しかし…いつもいつも、こんな風に親切な人にばっかり出会えるわけではないというのは、実は私は身に沁みている。
私は十代の時分から、すごくいろんな職場を転々としており、寮暮らしも多かったので、かなりいろんな目にあっている。
その中で学んだのは、
<東京は怖いところだから、決して人を信じたり油断してはいけない>
というのは本当だった!、ということだ。

年の離れた両親に、なおかつ長女として可愛がられて育った私は大甘で、人のモノを盗んだり騙したりする人がいるということを、18歳で一人で社会に出て、初めて知った。

私の暮らしていた…否、落ち込んだ場所が怖い場所だったのかもしれないが、やっぱり私はそんな中で、いろんなことを学んだ。その時期の学びがなかったら、今の自分はなかったと思っている。

ただ、自説なのだが、人から苛められたり怖い目に合った記憶と、人に助けられてよくして貰った記憶と、どちらが沁みつくかは、「三つ子の魂百まで」というのが根本的な要因だと思う。

こう言ってしまえばそれまでなのだが、幼児体験や育ちから来るトラウマを抜いて考えると、自分一人で社会に出て、その初期に体験することって、かなり大きいと思う。いわば第二の人生の始まりなのだから。

その時点で、「悪意の遺伝子」を植えるか、「善意の遺伝子」を植えるか、というのは、非常に大きな分かれ目になると思う。

悪意の遺伝子を植えてしまえば、自然と他人を警戒し、自分の利益をきっちりと守るほうに意識が向いてしまうと思う。

ちょっとしたシーンでも分かるのだが、例えば電車の中で老人に席を譲るのだって、けっこうなエネルギーが要る。
自分の為に席を確保するのは自然な行為なので、努力しなくてもすぐにできるのだが、いったん座った席を人に譲るのは、ほんのちょっとのエネルギーであっても、<いっちょう奮発>しないと、タイミングをはずしたり何となく面倒だったりして、意外に出来ない。
私はこのように「小さな善意」を実行するのって、意外と大変だと思っているので、人にそれを強制する積りは無い。でもズルズルと、出来なくてもしょうがないよね、と認めてるわけではなく、やっぱりどこかで意識的に、善意を普通に態度に表す努力は、したほうがいいと思っている。したほうがいいと思ったら、積極的に態度に表すのを、習慣づけることが大切だと思う。

姪の財布を拾って貰ったり、自分の忘れた財布を守って貰ったのは、もちろん凄く感謝しなければならないことだが、なんだかそれだけで済ませてしまっては、勿体無い気がする。

直接にその当人が関係しなくても、社会全体として見ると、善意は善意のスパイラルになるし、悪意は悪意のスパイラルになる。
それを受け止めるのは、結局は善意や悪意の種を撒いた当人だと思うのだ。仮に当人でなくても、その善意や悪意のスパイラルが社会を形づくるのだから、家族や子孫がその結果を受け止める結果になると思うのだ。

こんな考えは、すごく甘いのかもしれない。
私は前、仕事帰りに電車の中で居眠りする癖がついてしまい、何度か続けて網棚に忘れ物をした。で、鉄道会社に問い合わせたが、一度も出て来たためしがない。行きつけのスポーツクラブでも、忘れ物や落し物をしたら、全く出て来ない。道端で落し物をしたなら仕方がないが、鉄道会社の管理下にある車両内や、ホスピタリティの高い仕事であるスポーツクラブで、忘れ物が出てきたためしがない、というのは、少々首を傾げる。

それは、社会状況がいろいろ関係している可能性もあるし、もちろん、忘れ物をする私がアホだということは重々承知。でも自分だけは、拾ったもの勝ちみたいな、悪意のスパイラルを発生したくはないと思う。もちろん、拾得物に関する法律問題とは、別の次元の話なのだが。

それは、こういうふとした善意を経験することが、大きな力になると思うからだ。人の財布なんかどうでもいい、落とした人が悪いのだから、というのは当たり前かもしれない。でもそれでは、余りにも淋しい。

「小さな親切、大きなお世話」ってのは賛成なのだが、今回の話題とは、またそれは違う話。ことさら善いことをするように努力しなくても、自分のことだけでメ一杯になるのでなく、普段から自然に気を利かせてあげられるのは、素晴らしいことだ。
姪っ子の経験が、良いスタートの前ぶれであるように祈ろう。

tao

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