Kindleの日本語対応を阻むもの

06 July, 2010

つい何日か前に、Kindle DXのE Inkが更に見やすくなって値下がりしたというニュースが入ったので大喜びし、一方では日本語対応はいつになるのかな?と思っていた。

そのすぐ後にちょうど、ある老舗出版社の編集者とお茶を飲む機会があったので、これついでと思い、手持ちのKindle DXに、そこの会社で出した本をスキャンして作ったPDFを入れたものを見せてみた。
Kindle+自作PDFというのは見るのが初めてだったそうで、かなり珍しかったようだ。しかし、その折に出た話は、少し気になるものだった。
出版社側も当然、iPadやKindleや電子出版の動向は気にしている。とくにその出版社は文芸系なので、E Ink端末のことは知っていて、アマゾンの担当者に、日本語対応の予定を尋ねたそうだ。
その時の感触では、Kindleの日本語化はまだ余り有望とは言い難い…という感じだったそうだ。いろいろと、問題が山積しているのだそうだ。

尋ねたというのが何時のことかは分からないので、その後、事情が変わっているかもしれない。しかし何となく、今回の新型DXの発表を見ていて、一抹の不安が出てきてしまった。
たぶん秋までには、別サイズのKindle新型も発表になることだろう。新型DXが発表になった以上、Kindle2のモデルチェンジも近いと見て買い控えが起こるので、あまり長いことはかからないと思う。
もしその時点で日本語対応の気配がないと、何となく当分のあいだ見込みがないような気がしてきてしまった。

ネットで検索すると、既に少なからぬ電子書籍ビジネスが立ち上がっているような感じはする。しかし実際に自分で本を買おうとしても、読みたい本は全くと言っていいほど売っていないし、それを読む端末も全く気に入ったものがない。
現在の電子出版ビジネスというのは、ケータイ小説などのライトな層をターゲットにしたものが多いのではないだろうか。
後は論文とか技術系とか啓発本などが多く、私のような、いわゆる「普通の」文学作品を読む層は、電子出版の主流からは外れているような気がする。青空文庫も著作権切れのものが対象なので、同じ作品であっても訳が古くて、かなり読みづらかったりする。

電子書籍元年といくら言われても、私はもともと、日本の出版界の電子化の実現には、かなり悲観的な感じを持っている。
第一、本の電子化に関心を持ったのが、自宅の本の山を片付けて部屋をスッキリさせたい、というのが動機の大半なので、携帯やiPhoneで小説を読みたいなどとは、毛頭思っていない。
電子端末で読むからには、現状手に入る一番しっかりしたもので読まなければ、十分に楽しめない。安くていろいろ使えるなら買ってもいいや、と考えている訳ではなく、書籍端末は生活の中でかなり重要な位置を占める。
だから現在のように、ドキュメントスキャナ+裁断機でスキャンしたものをHDDやクラウドサービスに蓄積し、読む端末に応じてPCで作り変える、という形で、個人的には十分だ。
今後も、新しく買った本はどんどんスキャンし続けるだろうし、新しい端末が出るのも楽しみにしている。

しかし、この方式はかなり敷居が高いのは事実。必要な機器への初期投資もあるし、スキャンしてファイルを作る手間と時間も半端ではない。それだけの金銭と時間と手間をかけても、手持ちの本をスキャンしたい、というだけの蔵書量と読書欲のある人に限られる。
そこまでいかない人には100円スキャンなんてサービスも出てきているが、100円と言ってもページ数による割り増しやオプション料金を考えると、ザッと見積もって、本棚1本がだいたい10万円という感じになる。
これを安いと考えるかは個人差があるし、更にこういうサービスは何でもスキャンしてくれるわけではない。
雑誌や写真、薄い紙などは受け付けてくれないし、納期の問題や、本を仕分けて送る手間や出来上がりの品質を考えると、結局は自分でやったほうが早いような気もする。


話はそれたが、私のように一般的な文学作品を読むにはE Inkの端末が最適なので、Kindleの使い勝手が良くなると更に嬉しい。
現状、ちゃんと使い物になってはいるのだが、タイトルをローマ字にしなければならないので、本を探すのに今ひとつイメージが湧きにくいし、日本語の打ち込みが出来ないのだから、当然、本文のワード検索も出来ない。

Kindleが日本語対応してくれれば言うことはないのだが、前述のような話を聞き、いろいろ考えていて、何となく、消費者側の態度も、日本語化を阻むのに一役買っているような気がしてきたのだ。

Kindleが今すぐに、或いは後何ヶ月かのうちに正式に日本語に対応し、国際配送ではなくamazon.co.jpで売られたとする。
そこに「おお、これで日本語の本が読めるのか」と一般消費者が飛びついたら、日本語のコンテンツは空っぽで、まさに詐欺に等しい売り方になってしまうのではないだろうか。

自分でスキャンしているとか、前々から電子出版の現状に関心を向けている層ならば、メリットとデメリットは承知している。しかし、ここで一番問題になるのは、iPadなどで初めて電子書籍に関心を持った層だと思う。
iPadならば、たとえ日本語の本がほとんど無くても、他の用途に使えるので、なーんだこんなものか、で済むかもしれない。しかし、Kindle日本語版が発売になったとしても、それを現在の状態のまま売ってしまったら、悪口ふんぷんで金返せ!になってしまうと思う。

と考えると、PCでamazon.comのアカウントを作って国際配送で買わなければ手に入らないという、パワーユーザー限定のハードルを設けている現状が正しいのだろう。

日本語対応の読書端末がないので、日本の電子出版が進まない。
日本の電子出版市場がなかなか立ち上がらないので、読書専用端末も日本語対応が出来ない。

それに加えて、現在はiPad効果で、一般消費者の過大な期待や思い込みがある為、amazon側もうっかり動けない。

現在はどうもこんな状況のような気がするのだが、あちこちで目にする電子出版関係のニュースには、この辺りの視点が欠けているような気がする。
読書専用端末でなく多機能端末ならば、売ることができる。だからiPadはどこでも売れるが、Kindleは売ることができない。だってKindleを使えるのは、洋書を読む人か、或いは自分で手持ちの本をスキャンする人に限られるのだから。

スキャンするのもそんなに楽なわけではないし、試行錯誤して勉強する必要もある。また、初期投資に見合うだけの蔵書量がないと、裁断してスキャンする為に今から本を買うのでは、割りにあわない。
たぶん、私がいくら自分のサイトでKindleを褒めちぎっても、買う人は限りなくゼロに近いだろうし、スキャンに踏み切る人もまず居ないだろう。ついでに、電子出版の恩恵に預かる人も、ほとんど居ないと思う。

この状況から脱するには、出版社側と消費者側、双方の意識変革が必要だと思う。

消費者「Kindleを買おうと思っているのですが…」
Q:日本語で検索できる?←A:できない。
Q:PDFで読み上げ機能使える?←A:使えない。
Q:動画も見れる?←A:見れない。
Q:ランダムアクセス簡単にできる?←A:できない。
Q:PDFの文字組やフォント変えられる?←A:変えられない。
Q:WEBで地図表示とかルート検索できる?←A:実用レベルじゃない。

いや全く、ほとんど何もできない。スキャンしたPDFを1ページ目から順番に読むだけだ。私はそういうものを求めていたので、他のことは要求しない。その代わり、PDFは綺麗にサクサク表示されるように、余白とかガンマ値とか解像度とか、十分気を使って作り直す。
多機能が欲しかったら、iPadとかiPhoneで十分だ。Kindleはあくまでも読書専用端末である。こういう過大かつピント外れな期待をせず、適材適所、本好きな人々が地道に使っていけばいいのではないだろうか。

更に、出版社側にも気づいて欲しいものだ。
何も、完全にテキストデータ化してEPUBで読めるものだけが、電子出版ではない。自分でスキャンしている人がいるように、現在ある本をそのままPDF化すれば、十分に事足りるのだ。

現に、Kindle+PDFを見せた当の編集者も「なるほど、このPDFを出版社で売ればいいんだね。幾らなら買う?」という話になったので、彼らじたいが、電子出版が従来とは質的に違う、というイメージが先行してしまい、よく分かっていないのだと思う。
どっかの出版社の公式発言でも、「本を電子化するには、1冊一週間以上もかかって大変なのです」などと言っていたので、テキストデータにすることだけが電子出版だという思い込みが、余りに強いのだと思う。
それが今回の編集者は、目の前で現物を見せられると、なるほど、このままPDFにすればいいのか、ということに、思い当たってくれたのかもしれない。そうであって欲しい。。。ネットでもよく名前を目にする名物編集者なので、今後に期待している。

何も「電子書籍ではページという概念と束縛が無くなります!」などと大声で言う必要なんか全然ない。筆者はページの概念はあったほうが好きだ。
このお話はどのくらいの長さで、今どこらへんを読んでいるのかな、?と分かったほうが好きだ。だから何も、紙の本と電子出版が質的に違わなければならない必要なんか、全然ないのだ。

もちろん、PDFを売るにしても、不正コピーへの対応法、各デバイスに解像度をあわせる仕組みなど、まだまだ課題は多いと思う。
ただし、不正コピーに神経質になる余り、コピーガードガチガチのものを作ったのでは、音楽業界の二の舞になってしまう。

つい3〜4ヶ月前までは、Kindleでも日本語PDFはフォント埋め込みをしないと表示できなかった。それが正式に日本語対応してきたのは大きな進歩であり、実は日本もきちんとターゲットに入っていることを意味している。そこから進まないのは、諸般の事情があるからだ。
出版社も消費者もどちらも譲歩し、使いやすい良いものを求めることで、だんだんと快い読書空間が生まれるのではないだろうか。

今回は電子出版そのものには触れなかったが、また折を見て考えてゆきたい。

tao

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